沈黙について
— 通夜の帰り道と、ウィトゲンシュタインの境界
何か言わなければと思うほど、言葉が薄っぺらくなる。言えないことがある、と認めるのは、負けなのだろうか。
友人の親の通夜だった。何と声をかけるべきか、道々ずっと考えていた。用意した言葉はどれも、口に出す前から嘘くさかった。
結局、私は何も言えず、ただ隣に座っていた。帰り際、友人は「来てくれてよかった」と言った。私は何も言わなかったのに。
言葉にできないとき、私たちは何をしているのだろう。沈黙は、言語の敗北なのか。それとも、言葉には最初から届かない領域があって、沈黙はそこを指し示す唯一の方法なのか。
ウィトゲンシュタインは、若き日の著作で、ひとつの地図を描こうとした。何が語りうるのかを内側から線引きし、その線の外に何があるかを示すこと。彼の考えでは、意味を持つ命題とは、世界のなかの事実を写し取ったものだ。机の上に本がある、雨が降っている。そうした事実の外にあるもの——倫理も、美も、生の意味も——は、事実ではないから、正しくも間違ってもいない。それらについて語ろうとすると、言葉は空回りする。
だが彼は、線の外を無意味なゴミ捨て場とは考えなかった。むしろ逆で、彼にとって本当に重要なものは、すべて線の外にあった。語りえないものは、存在しないのではない。それは自らを示す、と彼は言う。命題によって語ることはできないが、それは現れる。この静かな区別が、あの本の核心だった。
この補助線を引くと、通夜の沈黙が見えてくる。友人の喪失は、事実として語れるかもしれない。誰がいつ亡くなった、ということは。だがその喪失の重さは、事実の記述の外側にある。だから何を言っても薄くなった。私の言葉が拙かったのではない。あれは、語れない領域に、語りうる道具で踏み込もうとしたときに必ず起きる、構造的な空回りだったのだ。
そして「来てくれてよかった」の意味が分かる。私が座っていたことは、言葉ではないが、何かを示していた。沈黙は、言うべきことの不在ではない。言葉が届かない場所に、それでも身体ごと居合わせるという、もうひとつの語り方だ。境界の外にあるものは、語れないが、示せる。彼が最後に、語りえぬものについては沈黙すべきだと書いたとき、それは口をつぐめという命令ではなく、線の外を語りで汚すな、という敬意だったのだと思う。
ただし、沈黙は無害ではない。語りえないという言葉は、語りたくないことを隠す蓋にもなる。都合の悪い事実を、神秘めかして沈黙のなかへ押し込むこともできる。何が本当に語りえないのかを決める権利は、たいてい強い側が握っている。
自ら黙ることと、黙らされることは、外から見れば同じ静けさだ。だから沈黙を尊ぶ人ほど、誰の沈黙なのかを問わなければならない。通夜の帰り道の静けさは美しかったが、それは私が、いつでも口を開ける立場にいたからでもある。